グラナダと「覆面の下宿人」


 もしかすると、これは既にどなたかが指摘されているのかも知れません。インターネットでの検索では見つからなかったのですが、ホームズ倶楽部の会報とかには上がっていた可能性もあります。ただ、最近とみに記憶力がなくなっているので、確認が大変です。もしも既にお書きになってらっしゃる方がいらしても、それは私とは別個のものですので、最初にお断りしておきます。

 グラナダのテレビシリーズには、いくつかの未ドラマ化原作がある。本当はやりたかったのであろうが、ジェレミー・ブレットの死とともにそれも不可能になってしまった。ホームズとワトスンの出会いを描いた「緋色の研究」などはぜひとも見たかったのであるが(その場合、役者の年齢が問題か)、今はそれもかなわぬことだ。
 したがって、全60の事件のうち41のみがドラマ化されており、そのうちの二つ「マザリンの宝石」と「三人ガリデブ」は合体して一つになっている。このシリーズは、最初のうちこそ原作に非常に忠実にドラマ化がなされていたが、「ノーウッドの建築士」で死体に関する原作の問題点を改正した辺りから独自の解釈を取り入れ始め、「吸血鬼」のような大胆な改作も含まれているのは、多分これをお読みの方なら御存知のことだろう。

 さて、問題は残りの「(ドラマで)語られざる事件」のリストの中に、「覆面の下宿人」が入っていることだ。実はDVDのボックスセットを全部見終わって、しばらく放っておいてから久し振りに付録の小冊子を読んでいたら、確かに「覆面の下宿人」が入っている。しかしどうも引っかかる。記憶のどこかに、ホームズが若い女性のヴェールの中にある動物の爪のような傷跡を見ているシーンがあるのだ。もしかすると、テレビ放映の時には「下宿人」が入っていたのを、DVD化の時に落としてしまい、気がつかないままに未発表リストの中に入ってしまったのだろうか。
 それで、最近一部を見返しているうちに、ようやく疑問が解消した。そのシーンは「独身の貴族」の中にあったである。この回はやはり原作に大幅な改変がなされ、セント・サイモン卿は所謂「青髭」として描かれている。そして、姉の失踪に疑問をいだいた妹がその城に忍び込んだ時、先端に鉤爪のついた棒で顔を傷つけられるのである。

 実はこの回は、サイモン卿の城に豹と狒々が飼われており、これは「まだらの紐」と一致する。ただ、「まだらの紐」はきちんとドラマ化されており(毒蛇殺人が不可能といったことに対する解釈などは取り入れずに)、そこに豹(ロイロットの飼っていたのは豹ではないそうだが)と狒々も出て来るので、もしかするとサイモン卿がロイロットの持ち物を受け継いだのかも知れない(だとすると、ヘレン・ストーナから買い上げたことになる! いや、サイモン卿の2番目の妻もヘレンだ。どう見ても別人だが)。
 つまり、原作として「覆面の下宿人」も取り入れ、それを「独身の貴族」と合体させたわけではないのだろうが、少なくとも関連はありそうだ。そもそも、これをやってしまった後では「覆面の下宿人」をドラマ化するのはまずかろうと思われる。何だか非常に似たような話が入ってしまうからである。
 もしもここで、姉を探す妹が何らかの犯罪に出会うというだけなら、何もこんな設定を採らなくてもいくらでも方法は考えられる。結局、脚本の段階で、少なくとも「覆面の下宿人」をドラマ化するのは諦めてこれをやったとしか私には思えないのだが、どうだろうか。

 原作の「覆面の下宿人」は大した作品ではない。ホームズはほとんど推理をせず、ただロンダ夫人の告白を聞くだけである。どうしてワトスンがこれをわざわざ記録に残したのか、理解に苦しむ。もっと他に書くべきものがあったろうに。もしもグラナダでドラマ化された場合、大胆な解釈が入ることは必至だろう。
 したがって、その点を鑑みた結果、この話は「独身の貴族」の中にその遺伝子を残したと考えるのだがどうだろうか。ロンダ夫人は、ダイアナと名を変えてここに生きている。

宇宙暦37年1月23日)


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