勾玉の土笛


 古代の楽器に「石笛いわぶえ」というものがあって、これは自然石に天然で穴が開いた(貝などの仕業らしい)ものだそうである。縄文時代には既にあったらしく、もっとも古い木管らしい。ネットで音を聴いてみると、能管の元になったような玄妙な音色がする。そもそもが、採集してきた石をそのまま使うわけだから、音階を作る為の穴がある筈もなく、基本的に唇の角度やメリ・カリなどの吹き方で音程を変える。ちゃんとCDも出ており、名人はこれで曲を演奏してしまうのだから恐れ入るしかない。
 さて、この音は所謂神呼びに使われたそうで、能管のヒシギも神が降りてくる瞬間の音だとあった。つまり、これにもう少し自由度を付けられるように改良したのが能管であり、あの変幻自在な音は、元々は石笛の吹き方を真似たところから発生したものなのだ。

 ということで、やはり石笛は欲しい楽器になってしまった。問題はどうやって手に入れるかで、ネット通販もあるにはあるが、高いというか、価値や相場が不明というか、元来が天然物なだけに製品のバラつきも激しそうだ。石に人工的に穴を開けた製品もあるが、これは流石に翡翠などのいい素材を使うのでもっと値が張ってしまう(ちなみに、天然物は砂岩やサヌカイトであった。サヌカイトは叩いてもいい音が出る素材だが、見掛けは知らない人が見たら、ただの穴の開いた石に過ぎない)。やはり一番いいのは、産地に直接出掛けて行って、自分で拾ってくることだろう。これはそのうちやってみたい。問題はそれまでの間である。
 さて、考えてみれば、私の使い方なら、見方によったらこれは持ち運びに便利な能管とも言える。本物の石笛は形も大きさも一定しないが、割と小さ目で別の穴が通っていれば、首から提げることも出来よう。となると……次の発想は自分で作る方向にいってしまうのは、当然の成り行きと言ってもよい。以下はその奮戦記である。

 最初に考えたのは、もちろん天然石に自分で穴を開けることだ。しかし、どう考えてもこれは手に余る。やり方も道具も判らないし、上手い具合に丸く行くかどうか。貝が開ける場合は体内からの分泌物で溶かすのだろうが、それも何だか判らないし、手に入るかどうかも不明である。劇薬は使いたくないし(ああ、化学が専門の癖に、何と言うことを)、設備もない。となると、やはり、粘土を使うしかなかろう。結局、土笛だ。
 そこでネットで粘土について調べてみる。私のやることは、いつも泥縄なのだ。それで候補に挙がったのは、オーブン粘土、紙粘土、石粉粘土の三つになった。手に入りやすそうだし、加工も容易たやすいとある。

 まず目についたのは、オーブン粘土。これなら、オカリナのような本格的な土笛になりそうだ。安い物はダイソーで100円、ちょうど家にある電子レンジが温度調節の出来るオーブンにもなるので、手軽に出来そうなのも良い。そこで、ついでの用で隣駅に行った時、現地のダイソーで購入してきた。全く今は何でもある。ただし、100円とは言っても一単位が小さいので、結局八つばかり買うことになる。
 しかし、結果から言って、これは失敗としか言い様がなかった。ダイソーのオーブン粘土は、粘土と言うよりはパテみたいな感じの樹脂で、温めて加工しろとあるが、そんなに柔らかくもならず、一つ一つの塊がタイルくらいの大きさなので、つないだ箇所が綺麗にならないのである。何とかかんとか思い通りの形状(目指していたのは、勾玉まがたまの形)に近づけようとしても、表面は凸凹になってしまう。一応焼いてはみたがその形が変わる筈もなく、単なる試作品にしかならなかった。
 ただ、勾玉の天辺に鉛筆を刺して開けた穴を吹いてみると、音だけは具合よく鳴るようである。問題は表面状態だけなので、考え方は正しいことが判った。では、材料を代えよう。

 ということで、左の写真は紙粘土で作成した作品である。この素材は普通の文房具屋さんでも簡単に手に入るので、初心者には向いている。柔らかく、水で粘性度を調節出来るので、表面も綺麗にしやすい。
 ただし水に弱いし、やすりを掛けると毛羽立つので、塗装をきちんとしないといけない。とりあえず、最近よく使うカシューで覆ってみる。出来はそこそこにはなったか。音もちゃんと鳴った。
 問題は、こういった趣味には付き物の「満足感」だ。「土笛」と言っておきながら、素材の本質は紙を糊で固めただけだ。外から見ただけでは判らないとはいうものの、自分では中身を知っている訳である。更に、紙粘土は中をくりぬいてオカリナのような感じにするのには強度がなく、細かい作業にも向いていない。更に、そのやり方を採用した場合、中にまで塗装を掛けるのは非常に難しくなるので、水に弱くなってしまう。

 そこで次の材料は、タカラトミーが出しているろくろ倶楽部の専用粘土である。これは粘土だけでも売っていて、ろくろは全然いらない場合でも便利だ。アマゾンでちゃんと注文出来た。届いたものを見ると、やはりダイソー製品とは全然違う、如何にも粘土という感じである。一度乾燥しても水で溶かせるので、最終的には安くつくだろう。くり抜いて加工することも出来そうだ。
 やってみると、確かに紙粘土よりは細かい造形が出来る。ただ、表面状態は余りつるつるにならないので、土の感じを残したい時はいいが、そうでない場合は少々インチキくさいがパテ盛りが必要だ。後で石粉粘土を塗ってみても上手く着かなかったし、鑢で磨いても、少なくとも私の腕では綺麗にならなかった。やはり、専用の釉薬を使った方がいいのかも知れないが――。
 実際に焼成してみると、確かに水に溶けなくなるし、何よりも丈夫である。くり抜いて作った笛でも、これなら中を塗らなくて済む訳だ。今のところ、完全とは言えないにしても、この目的には一番お薦めの土と言ってよい。私が買ったのは黒土(他のは売り切れていたため)で、作品によっては塗装なしでもそれなりの雰囲気になる。
 写真は、二つ組み合わせて円を作っているのが「太極」、銅粉を蒔いて装飾してあるのが「神話」と名付けてある。太極の方は、妻の分と合わせて組みにしてあるが、実は妻はこれを鳴らせない。構造上は単純に穴を開けてあるだけで、どちらかと言うと甲高い音(MP3)がする。ちょっとした拾い物は、紐を通す穴が普通の笛の指穴の役割をしてくれたことで、これを組み合わせれば色々と表現出来そうだ。
 一方「神話」の方は、一応中をくり抜いて、もう少し本格的に作った。ふくろうの鳴くような、或いはオカリナに似た低めの音(MP3)である。やはり指穴が使える。どちらにせよ、紐が通った分、音が濁るかと心配したけれど、それ程気にはならなかった。ちなみに、紐はただの刺繍糸である。これより太いと、穴を塞いでしまう。
 ところで、何故これを「神話」と名付けたのかと言うと、平成ガメラシリーズに出て来たガメラと交信するための勾玉を参考にしているからである。流石に発光ギミックまでは仕込めなかったが――。本当は、吊り下げる鎖にもう少し飾りがいるのだが、これはまだやっていない。ええと、映画をご覧になった方なら、何故「神話」なのかご存知ですよね。爆風スランプの名曲です。

 総合的には、かなり気に入った笛が出来た。居間に置いて、時々吹いている。今やってみたいのは、夜にでも近所の神社に行って、法螺貝ともども吹いてみることだが、何だか近所迷惑な気もする。法螺貝はともかく、この笛の方はそんなに大きな音は出ないので、是非一度やってみようとは思っているのだが――。
 ただ、この音は夏の夜にやる怪談の「ヒュー、ドロドロドロ」の笛の音である。近所で気味悪がられる可能性は大きい。子供の頃、お化け屋敷ごっこをやる時に、リコーダーと家にあった太鼓の玩具を使った為、「ヒュー、ドロドロドロ」とならず、「ピー、トントコトントコ」になってしまったのも、今は懐かしい思い出である。あの時、この笛があったらなあ。

宇宙暦41年3月23日


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